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ギャルゲ☆ウォーズ ~抜き虫先生の7年戦争~

Half Moon Diary『CSギャルゲの盛衰は3本のゲームで語れる』

普段はよそ様の記事を元に何かを書いたりしないのですが、売上表や記事の内容を読んでいるうちに好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰か気になってしまったので、少しばかり昔を懐かしんでみたいと思います。

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この物語はある業界の荒廃に戦いを挑んだ熱血オタクの記録である。
美少女ゲーム界においてまったくずぶの素人であった一個人が
二次元の中から不健全な精神を培い、
わずか数年でギャルゲ制覇を成し遂げた奇跡を通じて、
その原動力となった煩悩と偏愛を
余すところなく文章化したものである。(大嘘)
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あらすじ
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92年に同級生が世に出たことで美少女ゲーム市場の下地が作られ、
そこに94年発売のときメモが種をまき、
翌年の95年に同級生2が登場したことで一斉に開花。
さらにときメモがPSへ移植されて市場が爆発的に拡大する。

同時期に剣乃ゆきひろに代表されるシナリオ特化ゲーがその地位を確立。
美少女ゲーム愛好家の中にシナリオ原理主義派が誕生し、
それに対抗する形でキャラ至上主義派が結集。
ゲーム性探求派はそれら二つの派閥から切り崩しを仕掛けられ、
ギャルゲは一気に群雄割拠の戦国時代へ。
これら嗜好の細分化は結果的に売上の低迷を招くことになる。

パラメータ上げ等のシステムが洗練され画一化したことにより、
ただ作業することにユーザが疲れて飽きを感じ始める。
そんな折、サクラ大戦が登場して新風を巻き起こす。

97年にToHeartがPC市場に降臨し、萌え派の一部がCSから離脱。
年末にはYU-NOがSSへ移植され、CS市場とPC市場の融合が加速。

98年初頭、泣きと萌えとの天王山の戦いでセングラが大炎上。
萌え一派はサクラ大戦2でなんとか盛り返すも、
「サクラ大戦はギャルゲじゃありません」派が分離独立。
東鳩を心の支えにキャラ至上主義派はPC市場に戦略的撤退を開始。

98年はときメモのコナミからみつめてナイトも発売されるが、
ゲーム性を含めた内容こそ認められるも商業的にはあまり伸びず。
これ以降ゲーム性に特化したギャルゲが減少し、
シミュレーション要素を求めいてた層が離れていくことになる。

剣乃改め菅野ひろゆき制作のエクソダスギルティーも同年に発売。
キャッチコピーとは違う意味で100万回号泣する結果となり、
シナリオ原理主義派もONEを頼りにPC市場へ回帰。

数多のギャルゲを生み出し育んだサターン時代の終焉に、
ドリームキャストの迷走と敗北が追い討ちをかけ、
か細く培われてきたギャルゲの土壌が崩壊する。
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美少女ゲーム=エロゲとギャルゲの総称
CSゲーム=ギャルゲ
PCゲーム=エロゲ


主観年表
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91年
『プリンセスメーカー』が育成というゲーム性を世に知らしめる。

92年
『同級生』の登場で革命が起き、
美少女ゲーム市場がにわかに活気を帯び始める。

93年
『卒業』がPCエンジンへ移植され、メディアミックスが一般化する。

94年
『ときめきメモリアル』がPCエンジンで発売。
プリメの育成要素と同級生の自由度の高いフラグ立てとを
絶妙に組み合わせた内容が口コミで広がり大ヒット。
CDドラマやSOUNDコレクションまでも異例の売上を記録する。

95年1月
『同級生2』発売。
美しいCG・笑いと泣き・お兄ちゃん・病弱、
美少女ゲームの雛型がここに完成する。
なお、必ずしもエロを必要としないシナリオもここから派生。

95年10月
『ときめきメモリアル』がPSに移植。
美少女ゲーム市場が爆発的に拡大。
限定版商法をはじめ、キャラソン・ドラマCD・グッズ等、
信者から搾取する手法が本格化する。

95年11月
『EVE burst error』がPC98で発売。
DESIREからさらに進化したマルチサイトが感動の嵐を呼び、
シナリオ特化ゲーがその地位を確立。

96年4月
『野々村病院の人々』がSSに移植される。
練り込まれたシナリオと乳首の力で30万本を超える大ヒットを記録。
(私見ではギャルゲバブル絶頂期はこの頃)

96年5月
『スーパーリアル麻雀PVI』発売。
出せば売れていた麻雀ゲームの売上がこの頃から落ち始める。

96年9月
『サクラ大戦』発売。
ギャルゲにおけるシステムが洗練され画一化したことにより、
ただ作業することにユーザーが疲れて飽きを感じ始めたところに、
ドラマチックアドベンチャーが新風を巻き起こす。

96年12月
『トゥルーラブストーリー』発売。
下校会話というときメモになかった目から鱗のシステムが登場する。

96年12月
『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がPC98で発売。
システムとシナリオが奇跡の融合を果たす。
内容は評価されたがエロゲユーザの環境大転換期とぶつかり、
発売してすぐに値崩れしてワゴン行きの憂き目にあう。
コマンド総当りシステムが完成してしまった影響か、
これ以降のシナリオゲーはビジュアルノベルが主流になっていく。

97年1月
『センチメンタルグラフティ ファーストウィンドウ』発売。
ゲーム内容に一切触れないふざけた作りながらも、
需要と供給のバランスが崩壊したことによりプレミア化する。
(当時私が見た店頭売り最高値は4万円、ありえない)
(ファンディスクの始祖的な存在といえるかも知れない)

97年4月
『下級生』がSSに移植される。
この大ヒットでCS市場とPC市場の融和が本格化。

97年5月
『ToHeart』がWindowsで発売。
キャラ萌えが取り返しのつかない進化を遂げる。
そして、美少女ゲームにおける主人公の雛型が完成。
Winがエロゲの主戦場になるにつれてCSの優位性が薄らぎ始める。

98年1月
『センチメンタルグラフティ』発売。
発売されるまでが祭りの先駆けとして後世に名を残す。
熱が冷めてギャルゲそのものから離脱するもの、
引くに引けずにそのまま突っ走るものに信者が二分化。
(私は最初から手を出しませんでした。ほんとだよ)

98年2月
『慟哭そして…』発売。
横田守が描いた超美麗CGと難易度の高いゲーム性に加え、
少なくないユーザがトラウマを抱えることになったゴミ袋。
それらがこの上ない歓喜と発狂を導いた。
CSでもPCに負けないエロスと狂気を表現できる可能性を示すが、
翌年にデータイーストは帰らぬ人となりその道は絶たれた。
(個人的に横田守最高の絵はこのゲームのパンチラ)

98年3月
『Piaキャロットへようこそ!!』がSSに移植される。
乳首出さなきゃ何してもいいという18推の限界に挑む過激な内容と
これこそリアルサウンドだと称賛されたチュパ音をきっかけに、
CSしか知らなかった層の一部がエロゲへと走り戻ってこなくなる。

98年3月
『みつめてナイト』発売。
細部まで作り込まれた内容は一部から絶賛されるも、
商業的にはあまり伸びない結果となる。
これ以降ギャルゲからは徐々にゲーム性が失われ始める。

98年4月
『月刊ときめきメモリアル アンコール』発売。
これをもってときめきメモリアルがひとつの区切りを迎え、
翌年の『旅立ちの詩』を最後に卒業するメモラーも少なくなかった。
94年6月のCDドラマから乱発されたときメモ関連CDは、
シングルや非売品も含めると150枚を超える(はず)。
(ちなみに私が持っているのは保存用抜きで100枚前後、アホか)

98年4月
『サクラ大戦2』発売。
サクラ大戦はギャルゲではない大戦が信者の間で勃発。
50万本のセールスを記録するもCS市場の牽引役にはなれず。

98年5月
『ONE ~輝く季節へ~』がWindowsで発売。
ビジュアルノベルが猛威を振るい始める。

98年6月
『ダブルキャスト』発売。
読んで楽しむゲームへの流れが加速する。

98年11月
『エクソダスギルティー』発売。
100万人は泣けなかったが、そのかわりに信者が100万回泣いた。

98年11月
セガの最終兵器『ドリームキャスト』がついに投下される。
広告戦略が話題になったものの供給体制が年末商戦に間に合わず。
さらにサターンの根幹を担っていたギャルゲを切り捨てたことで、
セガ信者しか動かさないハードに転落し迷走する。
(撤退後に第6世代のギャルゲ専用機となった)

99年3月
『ToHeart』がPSに移植される。
ギャルゲとエロゲの垣根がほぼ取り払われる。

99年6月
『Kanon』がWindowsで発売。
泣きゲーがひとつのジャンルとして広く認知される。
エロゲにエロは必要ないという議論が各所で活発化する。

99年9月
『メモリーズオフ』発売。
このシリーズがのちにCSオリジナル美少女ゲーム最後の砦となる。

99年11月
『ときめきメモリアル2』発売。
前作から内容は進化するが、新たなユーザ層の発掘には至らず。
それどころか後発のドラマシリーズが振るわなかったことで、
一枚岩だったメモラーの造反をも招き屋台骨が揺らぐ結果となる。
(今からでも遅くないから小島組が作り直してくれ)

00年9月
『AIR』がWindowsで発売。
エロゲにエロ必要ない論が最盛期を迎える。
それによりCSのみで作られる美少女ゲームの存在意義が皆無に。


以下、補足というか蛇足のようなもの。

  • 美少女ゲームはCS市場とPC市場が相互に作用し合う関係にあり、それらを分けて考えることは非常に難しいので、CSにかなりの影響を与えたと思われるPCゲームも年表に載せています。

  • ときメモが市場を拡大させたことは紛れもない事実ですが、その発展の礎を築いたのはプリンセスメーカーであり、同級生でした。

  • PCエンジンはPSやSSといった第5世代機が登場するまで、CS市場とPC市場との貴重な橋渡し役として美少女ゲーム業界に多大なる功績を残しました。

  • 96年は出せば飛ぶように売れていた麻雀ゲームの売上が伸び悩み始めた時期で、サクラ大戦ブームでそれは表面化こそしませんでしたが、バブル崩壊の兆しはこの頃から見え隠れし始めていました。

  • ギャルゲ衰退のきっかけとされることが多いセングラですが、その敗因のひとつに時期の悪さが挙げられます。作業ゲーとして作業感以上の魅力を伝えられなかったのも痛かったですが、この頃にはすでにライトユーザが美少女ゲームに飽きていたせいもあり、過剰なまでのバッシングに繋がったのです。また、今では当たり前に行われている、持っていようがいまいがプレイしていようがいまいがとりあえず叩く、あからさまな便乗叩きも横行しました。これは暗黒舞踏会という分かりやすいバッシング対象が存在したせいでもあります。

  • 美少女ゲームからゲーム性が失われていったことについて、それを進化とするか退化とするかで評価が分かれるところではありますが、シナリオとゲーム性との相性云々を語り始めると長くなるので今回は割愛しました。

  • 私見ではToHeart(97年)の登場でギャルゲの存在意義に疑問符がつき、始めは個々に与える影響で収まっていた嗜好の細分化が長じて全体の売上の足を引っ張る形となり、エロゲの移植作がヒットすることでCS市場とPC市場の融和が促進され、最終的にはKeyの台頭(00年)がギャルゲという存在を形骸化させたと考えています。

  • なお、これらはすべて私の独断と偏見に基づくもので、事実とは異なる部分があります。人の歴史が人の数だけあるように、ギャルゲの歴史も受け手の数だけあるのです。

  • などと恥ずかしげもなく最後の最後に予防線を張っておくことで逃げ道を作るとは、ギャルゲをやり始めたばかりのピュアだった頃の自分に比べて私もずいぶん汚い大人になったもんだと実感しますねほんと。

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[ 2008/07/19 20:32 ] 企画・長文 | TB(0) | CM(2)
もっと読みたいっす
おもしろかったっす!
今度は前に書くかもって言ってたサターンギャルゲーの歴史もお願いしたいっす!
[ 2008/07/22 03:06 ] [ 編集 ]
どうもどうもです。

あー、そういえばそんなことを昔言った記憶がなきにしもあらず。いついつにと約束は出来ませんが、いつの日か乳首騒動や乳首解禁や乳首規制やらをまとめて書きたいと思います。(乳首ばっかかよ)
[ 2008/07/23 23:30 ] [ 編集 ]
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